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名古屋地方裁判所 昭和35年(ソ)14号 決定

抗告人 伊藤一則

相手方 伊藤八六

主文

原命令を取消す。

理由

一件記録に徴すると、抗告人は昭和三十四年六月十一日名古屋簡易裁判所に対し、本件相手方を被告とし、印紙の貼用を欠く訴状を提出して上記養育料請求の訴を提起し、併せて右事件につき訴訟救助の申立をなしたが、同月二十二日に右訴の取下をなしたこと、同裁判所は昭和三十五年十二月一日に至つて右訴訟救助の申立を却下する旨の決定をなし、同時に抗告人に対して右訴状に貼用すべき印紙額として金千円を納付すべき旨の原命令をなしたものであることが明らかであるところ、本件抗告理由の要旨は、右の如く訴の取下により無意義となつた訴状に印紙の貼用を命ずることは不当であるから原命令の取消を求める、というのである。

本件の如く、訴状に印紙を貼用しないでなされた訴の提起が不適法であることはいうまでもないが、訴提起と同時になされた訴訟救助の申立に対して救助付与の決定があればかような訴状も適法となるし、又右申立が却下されてもその後訴状の却下がなされないうちに印紙の追貼がなされれば遡つて適法な訴提起となる余地があるから、印紙の貼用なき訴状の提出も訴の提起として全く無効ではなく、従つてこれに対する訴の取下は有効である。原審裁判所は、そこで、前記養育料請求事件は訴の取下により終了したことを前提に、抗告人の訴訟救助の申立を却下した上で、訴状に金千円(訴訟物の価額は金十万円)の印紙を貼用すべき旨命じたものであつて、原命令が民訴法第二二八条第一項に規定する裁判長の訴状適否審査権の行使としてなされたものであることは、原命令の表題及び命令主文の内容に照らし明らかにこれを看取することができる。

そこで、民訴法第二二八条の趣旨を考えるに、同条第一項後段の規定による所謂印紙貼用命令は、法律の規定による相当額の印紙を訴状に貼用しない原告に対し、訴状却下の命令をなすに先だち裁判所が相当と認める印紙額を知らしめてその貼用の機会を与えこれが追貼により原告に訴状却下の不利益を免れしめることを目的とするものであることが明らかである。従つて右貼用命令は、印紙の貼用が訴訟手続進行の条件となつている場合に発せられるものであつて、本件の如く訴の取下により訴訟が終了した後においてはこれを発し得ないものと云わねばならない。してみると、原命令は命令をなすべきでない場合になされたものとして違法であり、かような違法のある命令に対しては民訴法第四一一条の規定によつて抗告をなし得ると解すべきであるので、本件抗告は適法である。もつとも、前述の如く印紙貼用命令は、とれに従わない者が訴状却下の不利益を受けるだけであつて、それ自体当事者に給付の義務を課する性質のものではなく(それ故に民訴法は訴状却下命令に対して即時抗告をなし得るに止め、貼用命令自体には不服申立の途を設けていない。)、殊に訴訟終了後に貼用命令が発せられている本件においては、抗告人が右命令に従わないからといつて訴状却下の不利益を蒙ることはあり得ないのであるから、抗告人としては原命令により何ら実質的な不利益を受けるものではないということもできるのであるが、原命令の文言を一見すれば、抗告人に対し強制力をもつて金千円の支払を命じたものであるかのように誤解されることも考え得ないではないので、原命令が違法なものである以上、抗告人がその取消を求める法律上の利益は存するというべきである。

よつて、本件抗告は理由があるから原命令を取消すべく、主文のとおり決定する。

(裁判官 松本重美 吉田誠吾 南新吾)

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